駒場の樹々  ― その四季の移ろい ―





  現在東京大学教養学部のある駒場キャンパスにはもと農学部があった。そのせいで、この
キャンパスでは多種多様の美しい樹々が今もそだっている。このキャンパスは25000平方mの敷地を
持っており、自然に恵まれたいくつかの散策路がある。2年間の青春をここであわただしく過ごし
ていく学生諸君の中には、このキャンパスの恵まれた自然に気付かぬままに本郷キャンパスに移ら
れる人たちもいよう。しかし、青春の日々に自然を感じる心のゆとりと経験を持つことは、その人
の人生をより豊かなものにするであろう。
  このささやかな冊子は、このキャンパスで各々の青春を歩みだしていかれようとする学生諸君が、
周囲の美しい自然に気付き、その四季折々の移ろいを感じてくれることを願って書かかれたものである。

                      教養学部基礎科学科  梶本 興亜



春四月


  春は駒場の最も美しい季節の一つである。さくら・もも・こぶし・はなみずき等の艶やかな花
ばかりでなく、もちのき・にれ・けやき・なつぐみ等が目立たぬ花をつける。
  4月に入ったばかりならば、まずキャンパスの西のはずれの野球場へと急いでみよう。春の訪れ
の遅い年ならば,野球場の南の土手に見事な「しだれざくら」の花を見ることが出来る。春の訪れの
早い年ならば、同じ野球場の東の土手の桜並木(「そめいよしの」)が満開で、酒宴を楽しむ生物教室
の先生方に出会うかも知れない。
  4月も中旬に入ると、裏門から学生会館に向かう道にいろいろな園芸品種の「さとざくら」
(俗に「やえざくら」と言われるものが多い)が満開となる。4号館前の「うすずみ」も優雅な真っ白
の花が緑の若葉と調和して美しい。四月下旬になると、硬式テニスコート・第二運動場よこの「あずま
にしき」(「きりん」?)が駒場では最も遅くたわわに花をつける。3月中旬の「ひがんざくら」
(4号館の東出口にある)に始まって4月終わりの「あずまにしき」まで、駒場は一月半にわたって
桜を楽しめる楽園である。

  駒場には目立つ「こぶし」の樹が2本ある。古いのは101号館裏のバドミントンコート(?)
の横にある10mばかりの木で、4月下旬葉のでるのに先だって白い花をつける。新しい木は2号館
の改築に伴って植樹されたもので、2号館ひろばの象徴のように立派な樹形を誇示して立っている。
  「こぶし」の花は、6枚の白い花弁を持った大きめの花で「もくれん」科に属する。花には1枚
ずつ葉がついている。「たむしば」は「こぶし」に似た花を咲かせるが、花には葉がついていない。

  5、6、7号館に囲まれた中庭は、樹々を見ながら憩う場所として設計されたようであり、噴水
の周りには、北に「白樺」、東に「けやき」、西に「まてばしい」、南に「松」が配置されている。
早春から5月にかけて、裸であった白樺・けやき・いちょうの幹がしだいに緑の若葉で隠されていく
様を、噴水横のベンチに腰をおろして静かにながめていると、時の流れと樹々の生命力を感じる。
この中庭のもう1つの魅力は、4月下旬の「はなみずき」のかわいい花である。白と赤の2ほんの木が
対になって植えられてあり、まばらに花をつける。

  もも
  やなぎ
  いちょう
  もちのき
  はなだいこん
  にら
  ゆきやなぎ



  

坂下門小径

  正門前の喧騒をさけて坂下門から入る人が多い。この径には湧き水からの流水もあり、四季
とりどりの風情が感じられる。門を入ると、左手の小学校から小川の上に張りだした3本の大木が
眼にはいる。2本の「けやき」に挟まれて大きな「すだじい」が空を覆っている。「すだじい」は
5月中ごろ黄色い稲穂のような花を無数につけ、強烈な匂いをあたりにまき散らす。
右手は比較的小さな樹々がずっと奥の方まで育っている。よく見ると色々な樹がある。一番奥
の上り斜面の所には「はりえんじゅ」(俗に「にせあかしあ」とも言う)が沢山うわっており、
手前に向かって「ひのき」、「えのき」「いろはもみじ」「さくら」、「いちょう」、「もち」等の、
比較的ありふれた樹が多い。変わっているのは「やまぐわ」で、径に近く「ヒマラヤすぎ」の横にある。
葉は大きくて色々な形に切れ込んでいる。5月にかわいい白い花が咲き、7月には赤から紫に色づいた
実ができる。
  グランドの横には「はりえんじゅ」の樹が数本あって、5月の初旬から中旬にかけてぶどうの房
のような白い花を一杯につける。5月の下旬には、径に無数の白い花びらがまき散らされる。更に進
むと階段横のさくら並木へと続いていく。階段を上りきった所には、優しいピンクの「さざんか」が
待ち受けている。


正門時計台前


  正門を入って真っ先に目につくのが正面の「しらかし」である。いまだ、シンボル的大木という
訳ではないが、時計台前のサークルの中心である。サークルの周囲は4つの植え込みに分けられており、
いずれも「つつじ」の垣で仕切られている。5月の連休の頃になると「おおむらさき(つつじ)」が
一面に咲きそろい、時計台前は急に明るくなる。ただ、教務掲示板のある植え込みは「どうだんつつじ」
なので、いつもは枯木の垣のように見える。しかし、春には若草色の葉が成長し、5月には目だたない
鈴蘭のような白い花をつける。
  諸君に一番馴染みのある教務掲示板の植え込みを見てみよう。まず入り口左手には、「けやき」、
「しんじゅ」、「みずき」の3本の樹が絡み合うように植えられている。「けやき」は駒場に一番多い
樹で春の若葉・秋の茶と黄色のこうようが美しい。4月早々に目だたない緑色の花をつけるが、気づく
人はほとんど無い。「しんじゅ」は「にわうるし」とも呼ばれるが、あまりに成長がはやいので、嫌わ
れることも多い。6月に黄色の花をつける。「みずき」は特徴のある樹で、6月に咲く花は、木の枝の
上にあたかも白いベールをかぶせたように見える。葉も、葉脈に特徴があり一度憶えると忘れることが
無い。
  この植え込みの圧巻は、「もみじばすずかけ」と「くすのき」である。剪定と雪害でかなり小さく
なったが、この一角で他を圧倒する風情がある。パイプオルガンのある講堂の前と、図書館前もサークル
になっており、いずれも「ヒマラヤすぎ」の大木が中心となっている。
「すぎ」(杉)と「ひのき」(桧)の区別がつかない人は、講堂の前から1号館の横へと回ってみ
よう。11号館の手前の植え込みの中に、手前に桧、奥に杉が数本づつ植えてある。桧の葉は細かく手
の平のように平たいが、杉の葉は長いトゲのついた細紐のようである。11号館の入口も風情がある。
「けやき」と「もみじ?」がよく調和して、若葉の頃も紅葉の頃もともに美しい。1号館角の「もみじ
ばすずかけ」は、駒場の大木の1つである。



時計台東通路


  この道は、授業に遅れそうな人たちが足早に、ある時は走って通り過ぎて行くが、ゆっくりと
歩いてみると他では見られない色々な種類の樹があり、季節にはそれぞれに花をつけている。ヒマラヤ
杉のあるサークルを左に曲がると、右手に桜(そめいよしの?)左手にはオリーブがある。オリーブは
やや白っぽい特徴のある笹のような細い葉をもつ樹で、5月ごろ小さな黄色の花をつける。  左手
階段の次には「びわ」の小木、続いて「なんきんはぜ」がある。「なんきんはぜ」の葉は小さな
スペード形をしており、秋の紅葉は殊に美しい。その向こうには「べにばなとちのき」と「せいよう
とちのき」が数本並んでいる。いずれも5月の連休の頃、白・赤の大型の花をつける。「とちのき」
の大きな葉は、「お化けー」と言うときの手の形に並んでおり、一度憶えると忘れない。道を挟んで
反対側にも「とちのき」の小木がある。1号館の北東角には「かしわ」の樹が2本ある。「かしわ」
の葉は柏餅で先刻ご承知の通りであるが、一高のシンボルであったので、ここに植えられたのかも知
れない。
  右手を見ると、小さなバドミントンコートになっているが、その北側に「こぶし」の樹がある。
4月の中ごろ、葉の出るのに先駆けて白い花をつける。「こぶし」の前には「あおぎり」がある。
樹の幹が緑色をしているので、すぐそれとわかる。7月ごろ長い花序を出し黄色い小花を一杯つける。
実は袋状で、秋には開いた裂片の周りに黒い種子をつけるが、これを集めて遊んだ記憶を持つ人もあ
ろう。


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