静岡県東伊豆町の「天城のお化け杉」 (2000.8、小森さん)


 小森さんは天城の杉が好きである。太郎杉、次郎杉、お化け杉と3つの写真を 頂いた。
 今回のお化け杉は、小森さんの命名では「千手観音杉」というらしい。 写真を見ると納得がいく。巨木と言うより、異様な木で、 千手観音を阿修羅にしたような凄さがある。 場所は、余り定かではないが、最下段の小森さんの手記を参照していただくと 推定できるかも知れない。



 程なくして熱川の街中に入り 商店街を抜けるとすぐに片瀬から天城高原へ駆け込んだ。 林道を簡易舗装しただけのような急坂をトコトコ登り、 別荘地を抜けてシラヌタの大杉に至るガタガタ林道に突入と思っていたら、 先週までガレ場だった道が真新しい簡易コンクリート舗装となって 大杉の所まで続いていた。 これはシラヌタの池や大杉に会いに行く人のために舗装したのかと思ったのだが、 どうやら道の脇に何カ所もあるワサビ田の栽培家のためのものだったようだ。
 伊豆高原の雑多な樹種の混交林と比べると 天城高原の森は人工植林された杉ばかりが目立つ。 瓦礫の広がる林道の走行に集中するもサスペンションがヘタっているために ポンポン跳ねまくり押さえが効かないのを騙し騙し操りながら進む。....。
 「天城のオバケスギ」と地元では呼ばれていた奇妙な暴れ杉だが、 個人的には霊験灼かな「千手観音杉」と名付けている。 何かしら不思議な巡り合わせを感じる木なのだ。 三度目の「千手観音杉」詣でをしに訪れたのだが、林道から外れたところにある 小さな森に至るまでの小径が訪れる度に通りにくくなっていた。 ススキがますます高く伸び、カヤツリグサがますます足に絡みつく。 小さな森に入り込むと下生えの灌木が差し込む日の光を逃さず捕まえるかの如く 葉をいっぱいに繁らせ、散り積もった落ち葉の布団にたっぷりと水分を含み、 さながら熱帯雨林のようなムッとする空気をはらんでいた。 千手観音のような杉は四方八方に突き出した枝が燃え上がる火焔のように見えるのだが、具に観察しているとびっしりと張り付いた苔によって枝は潤いを保っているものの 葉を付けていない枝が殆どで、樹冠のほんの先だけに申し訳程度の葉が見て取れる。 更に幹にはツタのような蔓植物がしっかりと食いつき、 枝には別の植物の葉が繁っている。全体的には杉の骨格標本といった感じかもしれない。俗っぽく喩えれば「骸骨のストリップショー」なのだ。 しかしながら傍にいると何かしら気の安まる思いがする。 樹皮の苔に触れるとビロードのような手触りで温かさが伝わってくる。 幾年月の風雨や風雪に耐えてきたこの「杉の木」をこのままずーっと幾世紀も 残さなくてはいけない。何をすればいいんだろう? 何もしないのが一番いい。 この小さな森の中に永遠に封印してしまいたい。人が何かをすることは 木にとって一番迷惑なのだ。
 見つめているとこの木に愛しさを感じてしまう。いや、この木だけではない。 周りにある灌木にも、少し離れたところにあるもう一本の大きな杉の木にも、 地面に積もった落ち葉にも、そして行く手を塞ぐススキの葉、 足元を覆うカヤツリグサ、土や泥に残るイノシシの足跡、 小さな森の内外に営まれる生命の足跡に愛しさを感じたのだった。 不思議なことに周りのものに愛しさを感じて眺めると、いろいろなことが 鮮明に見えてくる。つまり周りの木々や草が饒舌に語り掛けてくるのだ。
「おお、若いのまた来たか。まあ、見ておくれ。 皮が剥けて落ちてしまったもんだから結構カサカサに乾いているのだが、 この苔のおかげで木肌の潤いが保たれておるのじゃ。」
「こんなに沢山枝を出したのには訳があってのう。昔この辺はもっとじめじめ しておったのじゃ。シラヌタの池を見たじゃろ。ああいう風な場所だと 枝に沢山葉をつけて根から吸い上げた水分をどんどん発散させないと 根が水虫になりそうで・・・。 でも、今はこんなに切り開かれて土も乾いてしまったから葉を落としてしまったのじゃ。」
「何だか儂の周りだけ切らずに残してくれたみたいじゃが、 このままそっと何もしないでいてほしいもんじゃ。 そのような歩きやすい道なんか造らんでいい。 イノシシがちょくちょくやってきて足元をほじくってくれるから 結構風通しもよくなったことだしのう。 そうそう小鳥がいろいろ木の実や種を落としてくれるから いろんな木や草が生えてきて賑やかになったわい。 ただ、ヤドリギの種をこんな枯れた枝の先に付けてもらってもかわいそうでな。 たいしてお役に立てんから。」
「ススキとカヤツリグサがあれだけ跳梁跋扈してくれているおかげで 殆ど人知れずいられるのじゃ。あのままにしておいてほしいものじゃ・・。」 かなり個人的な主観の入った翻訳をしてしまったが、そのようなことを木々が 話していたそうな。
 立ち去りながら後ろを振り返ると、 そこには確かに跳梁跋扈したススキのおかげであの「千手観音杉」の小さな森は 見えなくなっていた。

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